「ふがいない僕は空をみた」著/窪 美澄
自然、自然、自然。ここにやってくるたくさんの産婦さんたちが口にする、自然という言葉を聞くたびに、私はたくさんの言葉を空気とともにのみこむ。彼女たちが口にする自然、という言葉の軽さや弱さに、どうしようもない違和感を抱きながら、私はその気持ちを言葉に表わすことができない。
はっとさせられた。
私が求めてきた自然とはなんだったのだろうかと。
無農薬野菜を食べたり、ヨガをやったり、そういう事が”自然に生きる”って事ではない。
じゃあ、自然に生きるってどういう事なんだろう。
自分は地球の声に耳を傾けられているのだろうか?
「カンタ!ティモール」の映画を見てからずっと、いろんな事が分からなくなっている。
私達が失ってしまったものは、いったいどうやって取り戻していったらいいのか、
それが分からない。
古本屋さんで、100円コーナーを物色していると、灰谷さんの本と目があった。
読みなさい、と言われている気がして購入。
「すべての怒りは水のごとくに」著/灰谷健次郎
20年ほど前、灰谷さんの作品にはまって、何冊も読んだのに、そういえば、内容をほとんど覚えていない。
記憶ってなんていいかげんなんだか。ちょっと悲しい。
この本は15年ほど前に書かれたようです。
15年前から、教育の現場は何も変わっていないどころか、
悪化してしまってたんだなって
なんだかすごい、
切なくなりました。
人間が人間になる教育が失われているとしたら、人間が人間に至る教育とは、どのように成立していたのか。
教育は三つの側面で営まれていた、という自明のことが一つある。
家庭、学校、コミュニティーだ。そして、もう一つ、大事な学びやがある。
自然だ。
多くの現代人は、それを忘れた。
自然は経済効率のために、利用し尽され、修復不可能な自然破壊までもたらした。
子ども達の「学校」を壊したという認識がないところに、二重の悲劇性がある。
またしても、”自然”だ。
私達が失った、”自然を感じる心”を、どうしたら取り戻せるのか。
湯河原には沢山の自然がある。
だけど子供達も大人達も、いったい何を見ていただろう。
今日、海を見た人は、どれほどいただろう。
目の前の小さな花にも気が付く事ができなくなってしまったのはなぜなんだろう。
さまざまな目の前の問題を
対処療法的になんとかしないと、とやっきになっても、
それはもはや意味がない気がしてならない。
もっと大切な事って、他にあると思うのだけど
それをどうしたらいいのか
今はまだ分からない。
コメントをお書きください
take (日曜日, 19 5月 2013 10:22)
「自然」って言葉は抽象的で分かりずらいですね。
内山節が「自然」を「森羅万象」に置き換える方がすっきりすると言ってますが、私もそう感じてます。
たとえばこれだと「自然保護」なんてのはありえないですね。
実際、人間は自然に生かしてもらっているわけで、保護なんてちゃんちゃらおかしいこと。
「自然」とは一般的に「人工的でないもの」、「森や海」とするなら、私はこれを「風土」と言ってもいいと思います。
りんさんはたぶんこの「風土」につながるあたりを一生懸命考えているのだろうと思いますよ。
灰谷さんの言うように風土が学び舎で、子供を育みます。
りん (日曜日, 19 5月 2013 22:28)
takeさん
ほんと、自然保護なんて、ちゃんちゃらおかしいですね。
海や空を見ている様で、見えなくなってしまったもの、感じられなくなってしまった感覚がある事がとても悲しい。
だから、間違った方向にいってしまうような気がしてます。
見える力、感じる力をどうしたら取り戻せるのでしょうかね。
take (月曜日, 20 5月 2013 04:54)
宮崎駿が「となりのトトロ」で大人に見えなくなった世界を描いてますよね。
私も子供の頃もっていた風を感じる感覚がなくなり、それを求めてさまよい、湯河原まで流れてきたようなところがあります。
でも、いまは森へ通うようになり、色々なものを少しとりもどしているかもしれません。
人間も40代ぐらいになるとものごとの理屈が見えるようになりますが、その分子供の頃の感覚を失います。
誰もいない森へ入り、瞑想でもしてみてください。葉っぱ一枚が落ちる音の大きさに驚きますよ。
ともかく建設的なこと、生産的なことを投げ出し、無心になることですね。
りん (月曜日, 20 5月 2013 15:52)
自然に学べですね。
take (火曜日, 21 5月 2013 05:11)
人間の世界だけが自然から離れ、後戻りできないほど高速で直線的に突っ走ってます。
でも、人間は小さな生命一つすら作り上げることができないし、食べるものもすべて自然によっているのに、そのことに気付かないふりをしています。
自然は丸く、すべてつながり循環しているのです。
足下の自然に無心でふれてみてください。
新しい発見や驚きがある次々にでてくるはずです。これが子供の心です。
学ぶのは大人ですよ。
りん (水曜日, 22 5月 2013 09:18)
子どもは感覚がするどいですね。
ときどき、ドキッとする事があります。
ほんとにトトロが見えるのかも(笑)
大人達が忘れてしまったもの。
取り戻していきたいですね。